代表取締役: 石井 康弘 / 1974年11月9日生まれ |
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| ■石井化成品の理念 |
わが社は『色』を合言葉に
・信頼され必要とされる企業をめざします。
・求められるニーズにアイデア・技術力をフルに提供します。
・リサイクル、環境対策に従事し、地域社会に貢献します。 |
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ゼロ地点の荒野に掲げた、理念という名の道しるべ
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| ■先代の跡を継ぎ、石井さんが社長に就任したのはいつですか? |
2006年の6月です。 |
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| ■社長に就任された翌年に、石井化成品としての経営理念を作られた。これはどうして? |
会社としての理念や指針はあって当たり前。逆にないままに動いている会社っていうのは、何となく潰れないでいるだけの組織だと感じたんです。私が社長になった以上は、わからないままやっていくという、それまでのいいかげんな経営状態を何とか脱却し、打破したいと。正直言ってその頃というのは、組織として天狗になっていた部分があったと思うんですよ。 |
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| ■以前の石井化成品は、どういう状態だったのでしょうか? |
利益が出ても、その利益が出た理由がわからない。赤字になった理由もわからない。自分たちが会社として困っているのか、そうじゃないのか理解できていない。修繕するための資金繰りが必要になったら多めに借りる。余ったら、深い考えなしに別のことに使ってしまう。後になって「いったいこの借金は、何のための借金だったんだ?」という疑問に、会社の誰もが答えられない。そういう状態でしたね。 |
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| ■会社の空気がクリアじゃないし、前向きじゃない感じはしますね。 |
言葉は悪いですけれど、以前はワンマン社長と召使いしかいない会社でしたね。それも「やれ」って言われたことをやるだけの召使い。先代は人情に厚い経営者ではありましたけど、それだけじゃ人は育たないんだってことを痛烈に学びました。 |
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| ■そんな状態を経て、石井さんが社長に就任された。トップの意識から、石井化成品は変化していったんですね。 |
ええ。就任してみて、まず私が感じたのは「社長が変われば会社そのものが変わっていけるんだ」ということですね。それまでの状態を一瞬で清算することはできないけれど、まずは、いったんゼロ地点に戻そうじゃないか、って。 |
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| ■それまでをリセットして、そこから始めようと。 |
そうです。だからこそ、会社としての理念が、そこで必要だったんです。なぜそれまでなかった理念を作ったのかを、社員全員に伝え、これからはワンマン経営じゃない。みんなで頭をひねってアイデアを出し、社長がいちいち指示しなくても自らが率先して行動していく社員の集合体になるんだってことを、懸命に説明しましたね。 |
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扉の先に見えた、仲間たちとの進むべき未来絵図
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| ■それまでの、ある種よどんだ空気というのを一変させていくのは相当にたいへんだったと思うんですが…。 |
それはそれは分厚い扉でしたよ(笑)。製造部の市村とも、その頃はガンガンやりあいましたからね。彼もこの会社を愛してますから、最後には「一緒に盛り立てていきましょう」って気持ちが繋がって。 |
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| ■そうだったんですか。今の石井さんと、調色の鉄人・市村さんとの信頼関係は、その頃を経たうえで構築されていったものだったんですね。 |
そういう日々や想いを重ねて重ねて、その分厚い扉を何とかこじ開けることができた。その開いた扉の先にあるのが、階段なのか、あるいはエスカレーターなのか、それともエレベーターなのかはわからないけど、とにかくできることをしていって前へ進んでいこうじゃないか、上へ昇っていこうじゃないか、って気持ちでしたよね。 |
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■確かに、いきなり途方もないほど上を見ても実現していかない。自分たちのスタンスを明確にして進もうってことですね。 |
| そのかわり漫然と進んでもダメ。やるからには、個人個人が目標を持たないと意味がない。自分自身も24歳で帰郷し、会社に入って何年間かは無我夢中でやってた。それはそれで、意味のあることだったとは思いますけど、こんなたいへんな時代に、組織として生き残っていくためには、それだけじゃダメだって気がついたんですよね。 |
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| ■取材者雑感: 記者・飯田 寿 |
強く鋭い眼力(めぢから)。取材者として、最初に石井さんと対面した時に受けた衝撃はその一点に尽きた。これまでも仕事柄、あまたの経営者と出会ってきたが、初めてといっていいほどに、その“眼”は印象的だったのだ。あるいは僕は、石井さんの眼に経営者としての覚悟を垣間見たのかもしれなかった。熱気のこもったインタビューの合間、雑談の中で、僕は僕なりに、その答えを見出すことになる。
石井さんが家業でもある石井化成品に入社したのには理由があった。それまでは別の夢を求め東京に移り住み、全く別業種の仕事にも就いていた。地元に戻るつもりも、家業を継ぐつもりも全くない…はずだった。本来の跡継ぎであるべき兄の突然の死が、彼に帰郷の転機を与え、決断をさせた。
「家業を何とかしなければ、っていうのは正直なかったんだよね。ただ、志半ばでいなくなった兄貴の無念を晴らしたいって想いだけ。兄貴の分も、オレがやってやるって気持ちで無我夢中で突っ走ってきたんだよ」
僕は石井さんの眼の中に、その背負った覚悟をのぞいてしまったんだと思う。なまなかとは対局に位置する究極のストイックさ。なんとなくやっている、を許さぬ、ある種の妥協なき姿勢は、石井さんのスタンダードとして、魂の中にしっかり根付いているんだと、思う。 |
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自分たちらしさを彩る源は、それぞれの『色』
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| ■石井さん自身の意識が変わったきっかけは何だったんですか? |
| 私も会員として活動している、茨城県中小企業家同友会というグループがあるんです。その名の通り、中小企業の経営者同士が交流し、互いに成長していこうという、いわば経営者としての学び・成長の場なんです。そこでの仲間たちとの交流が、経営者として自分の意識を変える大きなきっかけになったと思いますね。 |
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| ■そして石井化成品としての理念作成に繋がるんですね。 |
| 最初はね、頭にある「わが社は『色』を合言葉に」のフレーズがなかったんですよ。で、それをまた、同友会のメンバーに見てもらったら、「これじゃ何の会社かわからない」って意見が多く出た。私も、そう言われればそうだな、と。ウチという会社は何がキーワードになって、また、どんな言葉を使えば石井化成品らしさを表現できるのかってことを、その時は真剣に考えましたね。 |
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| ■そうして出てきたのが『色』というワード! |
我が社は調色をする、塗料を売るから『色』。これは当たり前というか順等な言葉選びだですよね。でも、それ以外、工事をとってもウチで手がけるものであれば、やはり独自の色、カラーってものがあるんです。社員の一人ひとりにだってそれぞれの色がある。それらを紡ぎあわせたバリエーションが、つまりは石井化成品っていう組織だと感じたし、また、それを世にアピールしたいって気持ちも強かったんですよね。 |
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エキスパートたちが育つための、必要なメンタル面の土壌
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| ■「信頼され必要とされる企業をめざします」の理念について。ここには信頼と必要というキーワードがあります。 |
| お客様が、なぜウチの商品を買ってくれるのか? その理由を社員全員が考え、そして把握しようよということですね。あのお客様は昔からのお馴染みさんだから今後も買ってくれるだろうなという甘い姿勢では、会社は存続していけない。 |
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| ■料金が発生する以上、どの会社から購入するかには、何かしらの理由があるはずですよね。 |
| その理由が品質というお客様もいるでしょう。サービスというお客様もいるでしょう。そのどれもが信用に繋がっていますよね。どこから買っても同じだけどたまたま石井化成品から購入しました、ではなく、必然として必要とされる存在でいよう。そのための努力をしていくことを、なによりも大事にしていこう、ということです。 |
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| ■次に「求められるニーズにアイデア・技術力をフルに提供します」。これにはどういった志が込められているんでしょうか? |
| 色というのは大きい枠ですからね、ニーズは必ず市場に潜んでいます。それら一つ一つの需要に応えるのは当たり前。さらに踏み込んでプラスアルファのアイデアを提供していきたいんです。 |
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| ■石井化成品には、関東屈指の調色の高い技術と塗料に対しての深い見識・ノウハウがあります。それらを活かしたうえでの、上積みとしてアイデアが提供されるんであれば、顧客側にとっても非常にメリットが大きいですね。 |
| そこまでやって、初めてニーズに応えることができたと、胸を張って言えると思うんです。ありがたいことに、我が社の社員はそのニーズってものが何なのかをわかり始めています。 |
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| ■それこそ顧客の数だけ違うニーズがある。ニーズって一言で言っても難しいですよね。 |
| いや、そんなにハードな要求でもないと思いますよ。そのお客様の求めているものを考え、キチンと理解して、「ならばこんな風に展開すれば実現できるんじゃないですか?」の意見を提供していければいいんです。むりやり自分たちの業種内の枠で考えを狭める必要もないですし。 |
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| ■自由な発想で顧客へのお役立ちを考えていくのは、社員一人ひとりのトレーニングにもなるでしょうね。 |
そうやってみんなが成長していき、石井化成品は、どんどんと各ジャンルのエキスパートが活躍していきますよ! 人材の成長という点で、その土壌は固まってきていますから。 |
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| ■取材者雑感: 記者・飯田 寿 |
取材中にもう一つ、印象に残ったことを記そうと思う。雰囲気をつかむために、会議に同席させてもらった時の出来事。それぞれの建設的な意見が交錯する中、石井さんは時おり、隣に座った最年少社員・秋森さん(プラモ塗料の鉄人)に声をかける。「今言ったことはどういう意味かわかったかい?」、「今出た意見は大事なことだから、しっかり身につけておこうな」というように。時には弛緩した様子を捉え、やんわりと注意を促す場面も目に入った。いい意見が出た時には「そういうことだよ。よく勉強しているな。その調子で頼むぞ」と鼓舞(こぶ)することも忘れない。そんな時の、石井さんの表情は、実にやわらかくて優しくて、そしてあたたかいものに感じた。
石井化成品という会社と、そこで働く仲間たちというのは、きっと、石井さんにとってのもう一つのファミリーなのだろう。だから厳しいことも言う。頑張っている人間には「たいへんだろうけど頑張れよ」と、そっとバックアップもする。伸びていく組織には、やっぱり伸びていくだけの必然があるんだってことを、痛感する数々の光景が、そこにはあった。 |
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信じる理念を実践すること、その先に見える目標の実現
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| ■石井化成品の理念は、外の世界に対するアピールポイントでありながら、同時にスタッフの内側に宿すべき手引書でもあるわけですね? |
| もちそんそうです。例えば問題が生じた場合は、理念と照らし合わせて解決すればいいんですよ。「自分はちゃんと信頼されていたんだろうか?」、「ニーズには応えられていたんだろうか?」、「環境対策には反してはいなかっただろうか?」という具合に。 |
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| ■失敗したら、理念に当てはめて考えてみればいい、と。 |
| そう。脱線したらそこに戻ればいいし、むしろ脱線しないようにキチンと理念を把握しておこうよってことなんですね。製造、営業だけでなく、経理、事務と、全ての社員がこの肝の部分をしっかりつかんで頑張ってくれている。経営者としても、仲間の一人としてもこんなに嬉しいことはないですよね。 |
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| ■最後に。これからの石井化成品の会社としての目標を教えてください。 |
| 無理に背伸びすることなく、求められるニーズに一つ一つ応えていく。これを徹底して繰り返していくだけですね。代表である私自身も、みんなと一体となって共に実践し続けていく。そうやっていけば、組織としても実力をつけ、おのずと大きくなっていけると思うんです。みんなとは、5年後には工業団地内にオフィスを構えようと。その頃には40人ぐらいの社員数になっているように、頑張っていこうなって話し合っていますね。 |
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取材:2008年4月25日 |